社会変革を起こすためには、子どもたちや若者が目の前の社会を真新しい目で見ることから始めなければなりません。世界の様相と複雑さは、歴史的にみても大きく変化しています。そして子どもたちは、この世界で生きる術を身に付けなければなりません。私たちの大部分は相変わらず(進化により、ある程度の変化がもたらされるにせよ)、自分が子どもだった頃と同じ見方で、この世界を眺めてしまいます。しかし、今の若者たちが大人になる頃に目の当たりにする世界は昔とは全く異なっているのです。これまでの世界とこれからの世界はさまざまな意味で正反対であり、全く異なる知識や能力、ものの見方が必要です。これからの世代が人生において成功し社会に貢献していくためには、彼らを待ち受ける変容を遂げた世界にふさわしい、全く新しい学習の枠組みを身に付けなければなりません。
多くの世代にとって、社会には明確な組織構造が存在しました。この構造の特徴は、システムの最上位にいる一部の人々が他のすべての人々に命令を行うことです。命令された人々は自らの専門スキルをひたすら、和を乱さぬよう素早く反復しなければなりませんでした。しかし、このような「リーダーは常に一人」というモデルが限界に達していることが明白になりました。変化は速度を上げ、問題はますます深刻化していきます。その結果、既存のシステムでは立ち行かなくなってきました。現在、垂直型/縦割りの社会構造は崩れつつあり、迅速かつ流動的で、ハイブリッドな特性を持つ新たなものへと変わり始めています。
ヒエラルキーが平坦化し、サイロが崩壊し、個人の参加を阻む障壁を低くする技術革新が実現するにつれて、多くの人が、情報にアクセスする能力と、社会の様々な分野に大きく貢献できる能力を手に入れるようになりました。かつてはごく一部の人々しか使えなかったツールが、今やポケットやバッグの中にあるのです。現在、誰もが容易にこれらにアクセスでき、あらゆる問題やチャンスに対してすぐに応用することができます。リーダーは常に一人だった過去のモデルは、誰もがリーダーという現在の新たなモデルに道を譲りつつあります。
個人がこれほどまでに力を得たことにより、チェンジメーカーが社会で活躍できるようになりました。
誰もがリーダーとなるシステムでは、リーダーは常に一人だった過去に比べて変化のスピードが拡大します。なぜでしょうか?変化を起こすのはリーダーだからです。「あなたが変化させるすべてのものは、すべてを変化させる」ことに納得し、そして誰もがこれを実践するなら、誰もがチェンジメーカーとなる世界に生きていることになります。
チェンジメーカーが急速に増えていることで、社会の多方面でかつてないほどの変化が起きています。その上、変化のスピードは増すばかりです。進化への適応はこれまで長い年月にわたって行われてきました。しかし、反復によって定義される世界から、変化によって独自に定義される世界への変化はフラットな世界から球形の世界へのシフトと同じくらい劇的なものです。
このことを異なる角度から考えるため、米国人にとって文脈的に明白なストーリーを用いたいと思います。このストーリーはより幅広い観点を適切に例証することができます。試合の開始時刻が迫り、最後の準備に余念がないアメフト選手を想像してください。一人でロッカールームにいる彼は、パッドを頭からかぶり、肩にしっかりとフィットさせます。次に、ユニフォームを素早く身にまといます。大きな背番号が、彼の筋骨隆々な体躯にぴったりと貼りついています。最後にヘルメットをかぶり、アゴひもを締めます。準備万端整った彼は、硬いプロテクターを両手で一叩きし、チームメートの輪に加わるためロッカールームを飛び出します。トンネルを走り抜け、きらめくスポットライトに明るく照らされた濃緑のフィールドへと躍り出ます。この瞬間のため、彼は一生をかけて準備を続けてきたのです。
他の選手に近づくにつれて、彼はスピードを緩めます。何かが明らかにおかしい。通常ならフィールドの両端を示すはずのゴールポストが、見当たりません。その場所には、2つの大きなネットが設置されています。「豚の皮」とも呼ばれる、彼がよく知っている茶色のアメリカンフットボールではなく、別の種類のフットボールが置かれていました。まん丸でクルクルと転がる、白黒模様のボールが。フィールド上でウォームアップする選手たちも、様子が違います。彼のような重たいギアを、チームメートは身に付けていません。その代わり、彼らは髪を風になびかせ、敏捷に動けるよう、短パンなど軽いウェアをまとっています。
ゲームが変わっていたのです。
あなたがよく知っているゲームが変わってしまったとき、起こりがちな反応は3つあります。一つ目の反応は、その場に立ち尽くし、馴染みのない新たな活動が目の前で行われている様子を、恐怖と混乱に襲われながら眺める、というものです。不安な感情を覚えたあなたは、サイドラインの外で動けなくなり、もはやゲームに参加できなくなります。二つ目の反応は、頑固なまでに自分の立場を守ろうとし、さらには自分のやり方をあくまで押し通そうとします。この場合、ヘルメットを深くかぶり、何も知らない選手たちの元へ全力で駆け寄っていくことになります。もちろん、このような行動は不安であり危険でもあります。自分が疎まれており、他の人たちから爪弾きにされていることに気づくでしょう。三つ目の反応は、自分がこれまで異なる行動を取れるよう、物事の見方を変えることです。つまり枠組みの変化を受け入れるため、彼らの考え方をシフトさせるのです。
新しいゲームに参加する場合、まずは周りの環境や状況に適応できるよう、自らを調整し直すことから始めなければなりません。考え方を変えた後でなければ、真の変化は実現しません。見通しはとても暗いと思われるかもしれません。しかし、全く異なるルールを要求する新しいゲームは存在するのです。このことが広く知られるようになれば、多少は見通しが明るくなるでしょう。新しいゲームにおいて、古いルールは通用しません。
ゲームが変化する瞬間を目の当たりにしています。社会は今、長く続いてきた反復に基づくモデルからこれとは正反対の変化のゲームへとシフトしているのです。このプロセスは、私たちの既存の概念に挑戦状を叩きつけます。社会で共に働く方法や効果的に参加する方法にいま疑問符が付けられようとしているのです。
例えば、反復的なシステムにおけるチームワークはチームへの貢献と立場や役職の狭い系統に基づいていました。新しいゲームでは、変化のスピードが急激に増す環境に対応するため、全く異なる種類のチームワークが要求されます。チーム・オブ・チームズです。このシステムでは誰もがオープンで流動的なチーム・オブ・チームズを形成する能力を有していなければなりません。チーム・オブ・チームズは、複雑な課題に向き合い新たな可能性を作り出すために古い境界を越えて取り組みます。専門スキルをベースに組織されていた旧来のチームとは異なり、各個人はチャンスを手にすることができる、独自のさまざまな能力や大局観、情熱、そして経験で評価されます。
このことは、2つのパラダイムの違いに関する二番目のポイントを明らかにします。新しいゲームでは、変化に伴って、反復ではなくイノベーションを起こすことが重視されます。もしもイノベーションが、長年にわたって反復を繰り返してきたもの(例えば組立ライン)の効率性向上を実現するための技術革新に関するものであれば、私たちはこの新たな文脈において、このことが持つ本当の意味を改めて考えなければなりません。
実際のところ、イノベーションは両側を隔てていた壁の崩壊による結果なのです。壁が崩れなければ、両側は決してつながらなかったでしょう技術が壁の崩壊を促す場合もあるでしょうし、壁が崩壊した結果、技術が生まれることもあるでしょう。いずれにせよイノベーションは、きわめて人為的なものなのです。チーム・オブ・チームズでの取り組みにおいて、多様な価値の創造とは、変わり続ける現代の課題や機会に対応しながら、新たなチームを既存のチームに付け加えることでもあります。したがって、壁を打ち破ってチーム・オブ・チームズに人々を引き入れる能力は、新たなリーダーシップにおいて不可欠なスキルなのです。
第三に、誰もがリーダーになるこの新時代において、リーダーシップに関する集団的思考を組み替える必要があります。チーム・オブ・チームズにおけるリーダーシップは直線的ではありません。「他者認識」が必要な、全方向的なものです。またこの新たな種類のリーダーシップは、大局を見ることと、前向きな変化をもたらすソリューションを生み出すことを、すべてのチームメンバーに要求します。
以上のポイントから、「リーダーは常に一人」と「誰もがチェンジメーカー」が正反対のパラダイムであるということは明白です。反復における効率性に基づく世界を生き抜くために必要だったスキルは、変化とイノベーションが重視される世界で必要となるスキルとは全く異なります(表参照)。
古いパラダイム | 新しいパラダイム |
反復の効率性によって定義される | 変化とイノベーションによって定義される |
リーダーは常に一人 | 誰もがリーダーとして、そして強力な貢献者として認められる |
反復を得意とするチームが、縦割りの組織において協調しながら取り組む | 多様かつ複雑な状況における困難な課題に対処するため、チーム・オブ・チームズが、旧来の境界線を越えて流動的に発展する |
特定の能力に長けている | エンパシーやチームワーク、新しいリーダーシップ、そしてチェンジメーキングといった、中核的な能力に長けている |
取引 | 交流・関係性 |
特定の知識に基づく専門技術と権威を重視する | 倫理的な性質(世の中に貢献するチェンジメーキングを可能にする、誠実さと信頼性)を重視する |
権威主義な命令を通じたコミュニケーション | 物語と経験を通じたストーリー性のあるコミュニケーション |
仕事や役割を果たす上で「知る必要があるかどうか」に基づく、限定的な情報の流通 | オープンかつ透明性の高いコミュニケーション。全員でチーム・オブ・チームズを結成し、各自が行動の拠り所となる情報を持っている。 |
チェンジメーキングが新たな規範となるにつれて、あらゆる分野において、変化のペースは加速するでしょう。このような新たな状況を生き抜いて成功するためには誰もがスキルと経験が豊富なチェンジメーカーにならなければなりません。これこそが、子どもや若者が新しい能力を身につけなければならない理由なのです。
多様化が進みコミュニケーションや協力が重要となる世界では、すべての子どもがエンパシーを身に付ける必要性はかつてなく高まっています。チーム・オブ・チームズは双方向性の高いものであり、そこで重視されるのは人としての誠実さです。誠実さは、社会的変革の実現に直接的に結びつくものなのです。大きなスケールでの変革が起きると、ルールはついていけません。そのため、日常的なリーダーシップとチェンジメーキングではエンパしーに基づく倫理観が非常に重要となります。
したがって十代の若者たちが認知的共感に基づく倫理や共創的なチームワーク(チーム・オブ・チームズ)、すべてのチームメンバーが自発的なプレーヤーとなる新しい種類のリーダーシップ、そしてチェンジメーキングを実践できるよう、若者たちの学習を改善しなければなりません。低学年においては、エンパシーの習得に重点を置かなければなりません。エンパシーは、ダイナミックに変化する現代の世界で成功をおさめ世の中に貢献していくために必要な基本的なスキルです。
このような枠組みを教育改革の基盤とするためには、世界の情勢を変えつつある歴史的な力を社会が認識しなければなりません。現代において必要なのは、考え方をシフトし続けることです。物の見方を大きくシフトさせれば、大規模な枠組みの変化に欠かせないものを数多く生み出せるでしょう。
このことにおいて、社会的影響力を目指すリーダーたちは有利な立場に立っています。らは、グローバルなレベルでものの見方を変化させることができ、社会の枠組みをも変えられるのです。ソーシャル・アントレプレナーシップの先駆けであるBill Draytonは35年前、「この世で最も強い力を持つのは、すべての人の幸福のためにイノベーションを起こす優秀なアントレプレナーの大胆かつ斬新なアイディアである」という革新的な考え方を紹介しました。彼の先見の明に満ちたリーダーシップの背景には、ソーシャル・アントレプレナーシップ分野の成長がありました。彼が創設した組織アショカは現在、世界有数のソーシャル・アントレプレナーたちで構成されるフェローシップを設けています。これまで85か国の3,200名以上のイノベーターがフェローに認定されています。
ソーシャル・アントレプレナーらは、社会の利益のために粘り強く活動する社会システムの変革者です。Draytonは彼らを、社会に「不可欠な改善の力」と表現しています。有力なソーシャル・アントレプレナーは、世界で最も複雑な諸問題に対処できるアイディアを生み出すだけでなく、社会の新しいパラダイムに必要となる重要なスキルを持ち、解決不可能と思える社会問題に取り組んでいます。アショカのソーシャル・アントレプレナーは、文化や宗教、政治制度を問わず、あらゆる場所で自らのエンパシーに基づいて活動しており、イノベーションを妨げる障害を打ち破ることによって他のチェンジメーカーたちをインスパイアするとともにチェンジメーキングの基盤をつくっています。
アショカ・フェローの25%は、若者たちの健康や幸福に直接関係する問題に取り組んでいます。世界中の人々に力を与えるため、革新的なアイディアをもって強力にアプローチし、幅広く貢献しています。教育現場や遊び場、地域、そしてコミュニティを変容させようとしています。各々のソーシャル・アントレプレナーは、自身の活動現場において、持てるスキルを最大限に活用しています。集合体としてみると、彼らはチェンジメーカーの世界での生き方の模範となっています。しかし、このようなものの見方のシフト(変革)を広く社会で実現するためには、より多くの取り組みが必要です。
最近では、チェンジメーカーの世界で生きるために必要な戦略と能力を開発できるよう若者たちを支援している小学校や中学校があります。アショカは、このような教育現場での指導者たちを慎重に発掘・選定し、新しいリソースを提供するなどの支援を通じて彼らと協力関係を築いています。情熱を維持しながら実践し続けることで、生徒達は自発的に社会に貢献していく人へと成長していくのです。
世界的に誕生しつつあるチェンジメーカー・スクールのネットワークは、生徒の評価軸として「エンパシー」と「チェンジメーキングスキル」を重視する点において、他の学校が参考にするモデルとなっています。世界的に誕生しつつあるチェンジメーカー・スクールのネットワークは、生徒の評価軸として「エンパシー」と「チェンジメーキングスキル」を重視する点において、他の学校が参考にするモデルとなっています。地元に注力するだけでなく、世界規模で枠組みを変化させようとしています。また、明確な目的意識と達成志向、影響力を持ち、他の学校も後に続くよう働きかけるなどしており、高く評価されています。
世界有数のソーシャル・アントレプレナーとチェンジメーカー・スクールは一体となり、多くの組織や人(すなわち、親、社会変革を起こそうと奮闘する高等教育機関、市民セクターの団体、産業界、マスメディア、若きベンチャー・アントレプレナーのリーダーたち)と協力し、「新たな社会情勢に対応できるよう、若者の教育の枠組みを変えなければならない」という認識を全世界で広めるために活動を続けています。
「誰もがチェンジメーカー」
は、成功をもたらす代替モデルや誰もが熱望すべきユートピアでもありません。これは新たな現実なのです。世界は変化し続けており、この世界を生き抜いてリーダーシップを発揮するためには新しいスキルが必要です。このような現実を誰もが認識しなければならない段階にまできているのです。この新たな現実が明確になるにつれて社会は行動の拠り所となる重要な情報を得られるようになります。
社会において物の見方がシフトすれば、学習の枠組みも新しくなります。校長や教育委員会、教育関係者などが、「小学校の善し悪しは、低学年の子どもたちがエンパシーを身につけ、それに基づく行動ができるかどうかに左右される」と気付く日が訪れるでしょう。認知的共感に基づく倫理は、読み書きや数学と同列の重要なスキルとして重んじられるようになります。
中学校や高校に通う十代の若者たちは、新しいゲームに必要な4つの中核的なスキル(エンパシー、チームワーク、新しいリーダーシップ、チェンジメーキング)を使いこなす、チェンジメーカーにならなければならないことを常に意識するようになります。生徒が校内で結成・運営するグループの数が達成指標(KPI)となるでしょう。親は、挑戦を推奨する文化が学校に根付いているか、「夢を描き実行せよ」という信念が生徒に浸透しているかどうかを評価するようになるでしょう。最終的には、生徒たちは卒業後にオープンで流動的なチーム・オブ・チームズの社会で生きることになります。この社会で成功するために不可欠な要素を新たに習得できたかどうかで、学校の成績が左右されることになります。
この世界を新たなレンズで眺めれば、若者が成功し社会に貢献するために必要な資質は何なのか、明確に見極められるようになります。これらのさまざまな資質(イノベーションを目指す姿勢、奉仕の気持ち、起業家精神、そして協力的な姿勢)は、若者の学習と子育てにおける基準となりつつあります。このような新たな社会情勢に対応するため、変化に対応した教育体系が普及していくでしょう。
本稿は、「the International Symposium, The Transformative Nature of Education:Underpinning Social and Economic Transformations(教育の変革的性質に関する国際シンポジウム:社会的・経済的変革の支援)」でHenry De Sioが行った基調演説を要約したものです(タスマニア大学、2015年7月)。詳しくは:http://www.educationtransforms.com.au。